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メッシ二世と子供の才能に思うこと

サッカー=メッシ再来の呼び声、アルゼンチンの8歳児に熱視線
~ロイター 11月28日(木)14時8分配信





先日も日本の少年でレアルの下部組織に入団云々といった記事を見たばかりだが、今度はメッシの母国アルゼンチンでメッシの再来!?現るといったことが話題になっているようだ。

日本でも何年か前に、バルセロナの下部組織に年齢制限に満たないほどの歳の少年が、その才能から特例で入団したが、現在でも順調に活躍中というニュースが届いている。大変喜ばしい事だと思う。

しかし、この現状だけを見てメディアでは、やれ未来の日本代表だ、いずれバルサのトップチームで活躍するだろうといって、必要以上に囃し立てる向きが強いが、これは問題だと思う。

何よりも現時点で、次の課題、又、次の課題と段階を踏んで、その都度、現在の自分と真剣に向き合って頑張っている本人や家族にとっては、希望的観測上の未来の話なんて直接関係のないことだし、下手をすると雑音になりかねないと思うからだ。

そして、世界には才能のある子供たちが、人が思うよりも案外沢山いるもの。彼らが将来、本当に世に出てその力を十二分に発揮するためには、才能だけではない様々な要素が必要だろう。

才能とは、決して一人でどうにかなるものではなくて、家族やまわりにいる大人のサポートや環境が整って、はじめて花開くものだということを忘れてはならない。そして、もちろん運も必要。

バルセロナでいえば、メッシの持っていた最年少記録を次々と破って、若くしてトップチームに上がったボージャンは、ずっと期待されながらも結局トップチームでポジションを勝ち取ることは出来なかった。もちろん彼のサッカー人生は未だ終わったわけではないので、今後、どう活躍するかはわからない事だが。


もっともこの問題は、メッシ二世と呼ばれるような、特別な彼らだけの問題ではないかもしれない。もっと日常的な事で考えることも出来る問題のような気がする。

子供というのは才能のカタマリだ。親やまわりの大人は、その才能に驚いて期待する。しかし、「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」という言葉があるように、そのほとんどがただの人になってしまう。

大人は、これを単純に子供は成長するにつれて平凡な人になってしまうものだと言い切って、当たり前の事としてしまいがちだが、意外とまわりの大人が彼らをサポートする努力を怠って、才能をつぶしてしまっていることも多いのでは?とも思う・・・どうだろう?

でも、一方で、本物中の本物なら、どんな状況においても、その才能を花開かせるものかもしれないという事実もあるのだが・・・



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