top profile Live Information Live Movies discography contact store

最近のコメント

Powered by
Movable Type 3.35

« 奉納絵馬を見てみれば・・・ | メイン | ちょっくら行って来ます »

制約があるからこそ考える

明日から遠出する予定がある。結構前から荷物の準備をはじめたが、今日は最終的なチェックを行っていた。

荷物も多くなると色々と制約があり重さも決まっていて、その範疇に収めようとしても微妙に重量オーバーになってしまい中々これで良いという形になってくれない。

荷物には、自分の中で何段階かレベルが自然とついていて、絶対にないと困るものをLV4ぐらいとすると、そこから下へ向かって、LV3,2,1の用に優先順位が出てくる。

微妙な重量オーバーの際には、大体LV2、1ぐらいの荷物から何か間引いて行かなくてはならなくなる。そのために、LV3、2、1ぐらいの荷物から再吟味しなければならない。

すると最初は、ないと困ると思っていたものも考え方を変える事であきらめる事になったり、他の道具で何とか代用出来る物を省いてみたり、時には、裏技的な発想を使って乗り切ることを考えてみたりと、パズルでも解こうとしているような感覚になってくる。

苦労しながらもどこかで、そんなパズルを楽しみ今まで気づかなかった発想を得ることで一つ賢くなった気さえしてくるのだが、これも制約があってこそなのかなとも思う。

最初から制約がなく、好きなように何でも荷物に出来るとしよう。そんな状況では、パズルを解くような知恵をああでもない、こうでもないと廻らせる必要はない。これを残すためにこっちは泣く泣く捨てようなんて決断をする必要もない。

しかし、制約があるなかではそうはゆかず、荷物を選択してゆくプロセスで、何が自分にとって本当に必要なのか、なぜそれを残さなくてはならないのか考えなければならない。つまりは、自分の心の中にある願望がどこへ向いているのかを把握していなければならいのだ。

そう考えると、選択肢が多かったり、好きなものを選択できるという自由は、もちろん悪いものではないのだが、その恩恵に充分に預かれるのは、あくまでも自分がどこへ向かうとしているかを把握している場合に限るのかもしれない。

案外、人というのは制約がある中で生きている方が、常に自分自身と対峙しなくてはならないし、本当に残さなくてはならない大切なものに気づけるものではないのだろうか?そんなことを頭の片隅で考えながら荷造りをしていた一日だった・・・


”Travels” Pat Metheny Group

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://amorfati.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/1312

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


oneheart02.gif
samurai.gif

1st album