top profile Live Information Live Movies discography contact store

最近のコメント

Powered by
Movable Type 3.35

« 練習しておこうかな・・・ | メイン | I'll Never Love This Way Again »

428→シ・ブ・ヤってこと?

久々にゲームを購入した。前からやりたいと思っていたゲーム『428 封鎖された渋谷で』のiPhone、iPod版が年末年始セールで、何と500円になっていたので、いつ買うか?今でしょ!(死語)という感じですぐにダウンロードした。

内容は、期待していた通り。空いた時間を見つけては進め、今朝はとうとう徹夜でエンディングへ辿り着いた。ここ数年、ヘタすると10年近くそんな気持ちでゲームに熱中していなかったが、こういう時間の使い方も、まぁいいかと思う。

世の中では、これだけゲームが広まっても、というか広まっているからなのか?未だにゲームに時間を費やす事に対して、肯定か?否定か?みたいな議論があるようだ。自分の考えは、ゲーム自体はもちろん肯定する。しかし、それはあくまでも人生の本編があって、その余暇としてのゲームという意味である。

人生の本編、仕事、家庭生活、学校、恋愛なんでもいいが、それらがまずちゃんとあって、そこで溜まったストレスや疲れを一時忘れるために、人間には全く生産性のない娯楽が必要だと思うからだ。それは精神にとって大切なマッサージとなるだろう。

しかし、ゲーム自体の面白さにのめり込み過ぎて、ゲーム自体が人生の本編のような生き方をしてしまう人たちが沢山いるのも現実だ。こういったゲームとの係わり合いは大変危険で、自分自身の人生を壊しかねないと思う。又、ネットで他人と交流を持てるようになりコミュニティーが生まれることで、そこでバーチャルな人生を体験出来てしまう事も、大変危険な事だと思う。

もちろん簡単に現実と非現実の違いが分からなくなるほど、皆バカじゃないというのはわかっているが、ゲームを作っている方も商売なので、意識的に中毒性の強い作りにして、なるべくゲームの世界に浸らせる事でお金を使わせようとしている事をプレイ側もわかっていなくてはいけない。

ということで、ゲームは、人生の余暇としてならセーフ、人生そのものになってしまうやり方はアウトということだ。今回の『428』は、一応余暇を使ってやれた・・・かな??

ゲームのテーマ曲「世界はそれでも変わりはしない」だが、作中の登場人物も途中出てきていて一通りプレイした後にみると感慨深い。主人公の1人亜智役の中村悠人くんだが、彼の事は、以前「五時に夢中!金曜日」レギュラーで、その空回りアシスタントぶりを見てただけに、役とのギャップが大きかったwww


”世界はそれでも変わりはしない”

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://amorfati.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/1370

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


oneheart02.gif
samurai.gif

1st album