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勝利を決定づけるものとは?

一つ肩の荷が下りたと思ったら、何にも解決していないことに気づかされる。すべて身から出たサビと言えばそうかもしれないが、そう思ったところで何も解決しない。

反省なんてして足踏みするよりも望みが少しでもある方へ進むだけ・・・と、まぁわかっていてもやっぱり自分自身を振り返り、責めたくなってしまうものだが、もしかしたら、その方が手軽な解決方というか、簡単な心との折り合いの付け方なのかもしれないとも思う。

つまり、考えてもしょうがないと割り切って、未だ見ぬ不安な未来へ足を出すよりも、今、足下が良く見える現実の中で、自分を責めていた方が、実は安全な場合もあるからね・・・

でも、一方で重大な問題に対して具体的な解決策を持っていないのに、そこから目をそらし続けてやり過ごそうとしたり、常に回りにいる人間を悪者にして、自分自身から目をそらしている人も世の中にはいる。

確かに、端からみれば、いい気なもんにも見える。しかし、それはそれで一つの生き方なのかもしれないとも思う。又、それを責めてもしょうがない。

スカンクに屁を武器にして生き延びようなんて卑怯だ、堂々と正面から戦えというのが、理不尽なように、人の持っているそれぞれの生き延び方に対して一個人のモラルで良い悪いの判断をつける事は難しいことだ。


それはそうと、W杯も後残すところ2試合。もっとも、その意義が問われている3位決定戦はいいとして、大事な戦いが1つ残されている。

ドイツ、アルゼンチンともに、ここまでの戦い方に関して、いろんな捉えられ方がされていて、どちらかというと、ドイツの組織的な戦い方に優勝の必然があるという見方がほとんどのようだ。

しかし、メッシ頼みといえども、決勝まで勝ち残って来たからにはアルゼンチンにもチャンピオンとなる必然性はあるはず、当然。例え、それがサッカーの歴史の中で自然と形作られたモラルから見てどうであろうと。

決勝は、ここまで違う道を歩んで来た言わば、逆といったら大げさかもしれないが、価値観の違う偉大な二つのチームの戦いという事が出来ると思う。

自分は、そういった意味でどちらの価値観を持ったものが勝利するのか、そして、その勝敗を分ける要素があるとしたら一体それは何なのだろうという所に興味がある。

単に運なのか?気持ちを全面にどれだけ出せるかなのか?それとも逆に氷のような冷静な判断が違いを生むのか?スーパースターの生み出す一秒の奇跡なのか?

考えてもわからないことだが、一つだけわかっていることがある。それは、勝利したものが取った方法論が正しいということだ。正しいとされると言った方がいいかもしれない。

いずれにせよ、人生という名の戦場で勝利を自ら掴もうとして格闘している時には、自分の行動の是非を問うてる時間はないのかもしれない、あぁだ、こうだと言って来るのは、あくまで安全な外野にいる人たちなのだ、そう思う。


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